Memoriam — Pomeranian

マロン

2009.5.3 - 2024.6.11 / 15歳1か月

日記も、手紙も、遺さなかった。
遺ったのは、家族の記憶だけ。

マロンは、なにも書き遺しませんでした。

遺ったのは、色あせた赤いずきんと、
ときどき家族の口から出てくる「マロンはさぁ」という話だけ。

このページは、その「マロンはさぁ」を、
ひとつずつ聴いて、かたちにしたものです。

TIMELINE

マロンの15年1か月

2009.5.3 生まれる
2009.7.20 家にやってくる手のひらに乗るサイズだった。初日は玄関のスリッパの上で眠った。
2009.9 はじめての散歩アスファルトに足をつけた瞬間に固まり、そのまま抱えて帰った。
2010.12 はじめてのクリスマス赤いずきんを着せられる。以後14年、毎年12月の恒例行事に。
2013 - 2019 ベランダが特等席に夕方になると自分でベランダへ出て、柵のすきまから外を眺めるのが日課。
2016.4 「おかえり」の担当になる誰が帰ってきても、玄関にいちばん先に着くのはマロンだった。
2022.8 目が白く濁りはじめるぶつかることが増えたが、玄関までの道だけは最後まで間違えなかった。
2024.5.3 15歳の誕生日ケーキのクリームだけを、器用に舐めとった。
2024.6.11 夕方、家族に囲まれてベランダにいちばん陽が入る時間だった。
Chapter One

玄関に、いちばん先に着く犬。

マロンの仕事は「おかえり」だった、と家族は口をそろえる。

誰かが帰ってくると、玄関のドアが開ききる前に、廊下を滑るように走ってくる。小さな体なので、フローリングでは必ず一度うしろ足が流れる。それでも毎回、全力で走った。

Interview

鍵を回す音じゃないんですよ。もっと手前、エレベーターの音で分かってたと思います。ドア開けたらもうそこにおるんです。しっぽがちぎれるんちゃうかってくらい振って。……いま帰っても、誰もおらんのが、いちばん慣れません。

お父さま(50代)
窓辺に立つマロン
玄関が見える窓辺。ここで待っていることが多かった。

はじめての散歩は、生後4か月の9月。アスファルトに足をつけた瞬間に固まって、一歩も動かなくなった。結局その日は、抱えたまま近所を一周して帰ってきた。

それが1か月後には、リードを見ただけで玄関でくるくる回るようになる。「慣れるまでは全力で嫌がるけど、慣れたら全力で好きになる子でした」――お母さまの言葉です。

Chapter Two

12月だけの、赤いずきん。

2010年の12月、はじめてのクリスマスに、マロンは赤いずきんを着せられた。嫌がるかと思いきや、意外にもおとなしく着ていたという。

それから14年間、12月になると必ずあのずきんが出てきた。サイズは変わらないのに、マロンだけが少しずつ年を取っていった。

赤いずきんを着たマロン 赤いずきんで歩くマロン
Interview

毎年写真撮ってたんですけど、並べてみたら成長というか、老いていく過程が全部残ってて。最初の年のやつがいちばんふわふわで。最後の年のは、もう顔が真っ白なんです。……こんなに毎年撮ってたって、今回言われるまで気づいてませんでした。

お母さま(50代)
バスタオルの上に座るマロン
撮影のあとは、決まってこの位置で丸くなった。
CHARACTER

マロンの、こんなところ

Voice

鳴きかた

吠えることはめったにない。要求があるときは「ふすっ」と鼻から息を出す。散歩に行きたいときだけ、高い声で一度「くぅん」。

Favorites

好きだったもの

ささみ、りんごのかけら、洗濯したてのタオル。冬の日だまりと、夏のフローリング。そしてベランダの柵のすきま。

Dislikes

苦手だったもの

雷、掃除機、宅配便のインターホン、動物病院の駐車場(着いた瞬間に分かる)。あと、なぜか帽子をかぶった人。

Habit

お決まりだったこと

誰かが帰ってくると玄関へ走り、なぜか一度リビングまで戻ってから、もう一度玄関へ。15年間、毎回。

Spot

特等席

夕方のベランダ。柵のすきまから顔を出して、下を通る人をずっと見ていた。呼んでも振り向かない唯一の時間。

Face

叱られたときの顔

目を合わせず、顔だけ真横に向ける。反省しているのではなく「聞こえていない」という体をとる。しっぽだけが正直に下がる。

Chapter Three

ベランダの、夕方の光。

マロンの一日は、夕方にいちばん静かになった。

16時を過ぎるころ、自分でベランダへ出て、柵のすきまから外を眺める。何を見ているのかは分からない。下を通る人なのか、向かいの建物なのか、それとも沈んでいく光そのものなのか。

夕日を浴びるマロンの横顔
夕方のベランダ。この時間だけは、呼んでも振り向かなかった。
Interview

その時間だけは、こっち向かへんのです。名前呼んでも、耳だけピクッてなって、あとは知らんぷり。……いま思えば、あの子にとっての一人の時間やったんかなと。ちゃんと自分の時間持ってたんやなって、話してて気づきました。

お父さま(50代)
ベランダで立ち上がるマロン ベランダで外を眺めるマロン

2022年の夏ごろから、マロンの目は少しずつ白く濁っていった。家具にぶつかることが増えた。それでも、玄関までの道だけは最後まで間違えなかった。

Chapter Four

最後の夕方のこと。

2024年6月11日。その日は朝から呼吸が浅く、家族は交代でそばについていた。

夕方、ちょうどベランダにいちばん陽が入る時間に、マロンは静かに息を引き取った。15年1か月だった。

Interview

あの時間を選んだんやと思います。あの子のいちばん好きな時間やったから。……こんなん誰に言うても「そうかもね」で終わってしまうんですけど。ちゃんと聞いてもらえて、こうやって残るのが、今はうれしいです。

お母さま(50代)
首輪をつけたマロン
15年つけていた首輪。留め具の塗装が、右側だけ剥げている。

日記も手紙も、マロンは何も遺していません。それでもこのページには、15年ぶんのマロンがいます。ご家族の記憶だけで、これだけのものが遺りました。

ALBUM

マロンのいた日々

LETTER

マロンへ

いま帰っても、玄関に誰もおらんのが、まだ慣れません。

ドアを開けるとき、いまだに一瞬待ってしまいます。
あの足音が聞こえへんかな、と思って。

夕方になると、ベランダのほうを見てしまいます。
あんたの特等席は、そのままにしてあります。

15年と1か月、うちの子でいてくれて、ありがとう。

マロンの家族より

あの子の話も、
聴かせてもらえませんか。

このページは、ご家族へのインタビューだけでつくりました。
日記も手紙も遺していない子でも、これだけのものが遺ります。

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※マロンは実在の子ですが、掲載している日付・エピソード・ご家族のコメントは、作品例として再構成したものです。

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