Memoriam — Pomeranian
マロン
2009.5.3 - 2024.6.11 / 15歳1か月
日記も、手紙も、遺さなかった。
遺ったのは、家族の記憶だけ。
マロンは、なにも書き遺しませんでした。
遺ったのは、色あせた赤いずきんと、
ときどき家族の口から出てくる「マロンはさぁ」という話だけ。
このページは、その「マロンはさぁ」を、
ひとつずつ聴いて、かたちにしたものです。
マロンの15年1か月
玄関に、いちばん先に着く犬。
マロンの仕事は「おかえり」だった、と家族は口をそろえる。
誰かが帰ってくると、玄関のドアが開ききる前に、廊下を滑るように走ってくる。小さな体なので、フローリングでは必ず一度うしろ足が流れる。それでも毎回、全力で走った。
鍵を回す音じゃないんですよ。もっと手前、エレベーターの音で分かってたと思います。ドア開けたらもうそこにおるんです。しっぽがちぎれるんちゃうかってくらい振って。……いま帰っても、誰もおらんのが、いちばん慣れません。
お父さま(50代)
はじめての散歩は、生後4か月の9月。アスファルトに足をつけた瞬間に固まって、一歩も動かなくなった。結局その日は、抱えたまま近所を一周して帰ってきた。
それが1か月後には、リードを見ただけで玄関でくるくる回るようになる。「慣れるまでは全力で嫌がるけど、慣れたら全力で好きになる子でした」――お母さまの言葉です。
12月だけの、赤いずきん。
2010年の12月、はじめてのクリスマスに、マロンは赤いずきんを着せられた。嫌がるかと思いきや、意外にもおとなしく着ていたという。
それから14年間、12月になると必ずあのずきんが出てきた。サイズは変わらないのに、マロンだけが少しずつ年を取っていった。
毎年写真撮ってたんですけど、並べてみたら成長というか、老いていく過程が全部残ってて。最初の年のやつがいちばんふわふわで。最後の年のは、もう顔が真っ白なんです。……こんなに毎年撮ってたって、今回言われるまで気づいてませんでした。
お母さま(50代)
マロンの、こんなところ
Voice
鳴きかた吠えることはめったにない。要求があるときは「ふすっ」と鼻から息を出す。散歩に行きたいときだけ、高い声で一度「くぅん」。
Favorites
好きだったものささみ、りんごのかけら、洗濯したてのタオル。冬の日だまりと、夏のフローリング。そしてベランダの柵のすきま。
Dislikes
苦手だったもの雷、掃除機、宅配便のインターホン、動物病院の駐車場(着いた瞬間に分かる)。あと、なぜか帽子をかぶった人。
Habit
お決まりだったこと誰かが帰ってくると玄関へ走り、なぜか一度リビングまで戻ってから、もう一度玄関へ。15年間、毎回。
Spot
特等席夕方のベランダ。柵のすきまから顔を出して、下を通る人をずっと見ていた。呼んでも振り向かない唯一の時間。
Face
叱られたときの顔目を合わせず、顔だけ真横に向ける。反省しているのではなく「聞こえていない」という体をとる。しっぽだけが正直に下がる。
ベランダの、夕方の光。
マロンの一日は、夕方にいちばん静かになった。
16時を過ぎるころ、自分でベランダへ出て、柵のすきまから外を眺める。何を見ているのかは分からない。下を通る人なのか、向かいの建物なのか、それとも沈んでいく光そのものなのか。
その時間だけは、こっち向かへんのです。名前呼んでも、耳だけピクッてなって、あとは知らんぷり。……いま思えば、あの子にとっての一人の時間やったんかなと。ちゃんと自分の時間持ってたんやなって、話してて気づきました。
お父さま(50代)
2022年の夏ごろから、マロンの目は少しずつ白く濁っていった。家具にぶつかることが増えた。それでも、玄関までの道だけは最後まで間違えなかった。
最後の夕方のこと。
2024年6月11日。その日は朝から呼吸が浅く、家族は交代でそばについていた。
夕方、ちょうどベランダにいちばん陽が入る時間に、マロンは静かに息を引き取った。15年1か月だった。
あの時間を選んだんやと思います。あの子のいちばん好きな時間やったから。……こんなん誰に言うても「そうかもね」で終わってしまうんですけど。ちゃんと聞いてもらえて、こうやって残るのが、今はうれしいです。
お母さま(50代)
日記も手紙も、マロンは何も遺していません。それでもこのページには、15年ぶんのマロンがいます。ご家族の記憶だけで、これだけのものが遺りました。
マロンのいた日々














マロンへ
いま帰っても、玄関に誰もおらんのが、まだ慣れません。
ドアを開けるとき、いまだに一瞬待ってしまいます。
あの足音が聞こえへんかな、と思って。
夕方になると、ベランダのほうを見てしまいます。
あんたの特等席は、そのままにしてあります。
15年と1か月、うちの子でいてくれて、ありがとう。
マロンの家族より
あの子の話も、
聴かせてもらえませんか。
このページは、ご家族へのインタビューだけでつくりました。
日記も手紙も遺していない子でも、これだけのものが遺ります。
※マロンは実在の子ですが、掲載している日付・エピソード・ご家族のコメントは、作品例として再構成したものです。