MEMORIAM ― 三毛猫

はな

推定2005年生 - 2024.9.3 / 享年19歳

どこで生まれたのか、誰も知らない。
それでも、19年ぶんの物語がありました。

はなの前半生を知っている人は、この世に誰もいません。

2006年の冬、駐車場の給湯器の裏にいたところを保護されました。
そのとき何歳だったのかも、分かりません。

このページは、そのあとの18年半を、
飼い主さんおひとりの記憶だけで編んだものです。

TIMELINE

はなと過ごした18年半

2005年ごろ どこかで生まれる推定。獣医さんの見立てで「一歳前後」とのことでした。
2006.2.11 アパートの駐車場で保護雪の日。給湯器の裏で鳴いていた。段ボールに入れて動物病院へ。
2006.3 「はな」と名づけられる保護した日にベランダの水仙が咲いていたから。
2006 - 2008 2年間、手からごはんを食べなかった人がいる間は絶対に食べず、寝たあとに音がした。
2009.5 はじめて膝に乗る「3年かかりました。あの日のことは、たぶん一生忘れません」
2013.4 引っ越し(西宮 → 神戸)窓から六甲山が見える部屋。以後11年、その窓辺が定位置に。
2020 - 2022 在宅勤務の2年間「あの2年は、はなにとっても人生の全盛期だったと思います」
2023.6 腎臓の数値が悪くなる通院と点滴の日々。それでも窓辺には自分で上がっていた。
2024.9.3 午後2時すぎ、窓辺でいちばん陽の当たる時間だった。
第一章

3年かけて、膝に乗った猫。

保護した当初、はなは完全に人を拒んでいた。ケージの奥から動かず、手からはもちろん、人が同じ部屋にいる間はごはんにも口をつけなかった。飼い主さんが眠ったあと、暗い台所でカリカリを噛む音がする。その音を聞くのが日課だった。

その状態が、2年続いた

INTERVIEW

正直、一年目は「この子は一生なつかへんな」と思ってました。触らせてもくれへんし。でも、逃げへんかったんですよ。近づいたら逃げるけど、家からは出ていこうとしない。それだけでいいか、と途中から思うようになって。……たぶん、私のほうが先に諦めたんです。それがよかったんやと思います。

飼い主さま(40代)
いつも、こちらに背を向けて窓の外を見ていた。

2009年5月の夜。ソファでテレビを見ていたら、足元の気配がふっと重くなった。見ると、はなが膝の上で丸くなっていた。

動くと逃げてしまう気がして、そのまま2時間、番組が終わるまで動かなかったという。保護から、3年3か月後のことでした。

第二章

窓辺のいちばん端が、はなの席。

2013年に神戸へ引っ越してから、はなの定位置は南向きの窓辺だった。それも、窓枠のいちばん右端。左側は日が陰るのが早いから、というのが飼い主さんの推理である。

INTERVIEW

在宅勤務になった2020年からの2年間が、いちばん一緒におった時間です。会議中にキーボードの上を歩くし、画面の前に座るし。同僚に「猫さん映ってますよ」って毎回言われて。……あのころに戻りたいかって聞かれたら、戻りたいです。仕事は嫌でしたけど。

飼い主さま(40代)

会話の相手がいない生活のなかで、はなに話しかけるのが習慣になっていた。返事はしない。ただ、名前を呼ぶと必ず尻尾の先だけが一度動いた。「聞こえてはいる、という合図です」と飼い主さんは言う。

床に落ちたペンのキャップは、翌朝には必ず別の部屋にあった。
CHARACTER

はなの、こんなところ

鳴きかた

ほとんど鳴かない。19年で聞いたのは、病院へ行く車の中と、ごはんの器が空のときだけ。それも「あ」に近い、短い一音。

好きだったもの

朝10時から午後2時までの窓辺。洗濯かごの中。段ボールの角。ちゅ〜るは最後の1年になってようやく解禁した。

絶対に許さなかったこと

爪切り。抱き上げること。掃除機。そして、留守番が二晩を超えること(帰宅後3日は目を合わせない)。

合図

名前を呼ぶと、尻尾の先だけが一度動く。振り向くことは19年で数えるほどしかなかった。

夜のきまり

寝室には入ってこない。でも、ドアを閉めると必ず一度だけ前足で叩く。開けても入らない。それだけして、戻っていく。

病院での顔

診察台の上では別猫のようにおとなしい。先生に「この子ほんまに家で暴れてます?」と毎回言われた。

第三章

ひとりで見送るということ。

2023年の夏、腎臓の数値が悪くなった。通院と自宅での点滴が始まる。体重は最後の1年で1.2kg落ちた。それでも、はなは最後まで自分の足で窓辺に上がっていた。

2024年9月3日、午後2時すぎ。ちょうど窓辺にいちばん陽が当たる時間に、はなは静かに息を引き取った。

INTERVIEW

ひとり暮らしなんで、その瞬間を知ってるのが私しかおらんのが、いちばんしんどかったです。誰かに「そうやったね」って言ってもらえへん。会社では言えへんし、親に言うても「また飼えばええやん」って言われるだけで。……だから今日、こうやって1時間ずっとはなの話をして、それが残るっていうのが、私にはいちばん必要やったんやと思います。

飼い主さま(40代)
最後の半年。撫でられることを、ようやく受け入れた。

前半生の記録は、どこにもありません。生まれた日も、母猫のことも、保護されるまでの1年ほどのことも。それでもこのページには、19年ぶんの「はな」がいます。ひとりの人の記憶だけで、これだけのものが遺りました。

ALBUM

はなのいた日々

LETTER

はなへ

3年も待たせて、ごめんね。
でも、あの日ひざに乗ってくれてありがとう。

いまも、10時になったら窓のほうを見てしまいます。
いちばん端の、あの場所を。

あんたの前のことは、私も知らんままです。
でも、あとの18年半のことは、全部おぼえてる。

だから、もう大丈夫。

はなの家族より

おひとりでも、
作ることができます。

このページは、飼い主さまおひとりへのインタビューだけでつくりました。
証人がいなくても、前半生が分からなくても、遺せるものはあります。

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※このページは架空の飼い主と三毛猫「はな」によるサンプルです。実在の人物・団体とは関係ありません。
写真はUnsplash License(商用利用可)の素材を使用しています。

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